院長コラム

骨吸収抑制薬を服用されている方の歯科治療の注意点

ビスホスホネートは、破骨細胞を抑制する事で骨吸収を阻害する薬剤で骨転移を有する癌、および骨粗鬆症の治療に広く用いられています。
2003年にビスホスホネートの治療を受けている癌、骨粗鬆症の方は非常に頻度は低いが難治性の顎骨壊死が発生する事が初めて報告されました。
いとう歯科でも義歯による粘膜の傷で骨の露出、抜歯後の予後不良などの事例がありました。
この十数年、ビスホスホネート系薬あるいはデノスマブによる治療中もしくは治療歴のある患者さんの増加により、顎骨壊死・顎骨骨髄炎がみられることがあり、近年増加傾向にあるそうです。
抜歯などの歯科処置後に症状が明らかになることもありますが、特にきっかけなく起こることも珍しくありません。次のような症状がみられた場合には、放置せずに医師・歯科医師・薬剤師に連絡してください。
「歯ぐきやあごが腫れてきた、痛い」「下くちびるがしびれた感じがする」「歯ぐきに白色あるいは灰色の硬いものが出てきた」「抜歯後の治りが良くない」「歯がぐらついてきて、自然に抜けた」

顎骨壊死・顎骨骨髄炎とは?

顎骨壊死とは、あごの骨の組織や細胞が局所的に死滅し骨が腐った状態になることです。
顎骨骨髄炎は、むし歯や歯周病が進行し、口の中にもともと生息する細菌による感染があごの骨にまで及んだ状態です。あごの骨が腐っても痛みなどの自覚症状が乏しい場合もありますが、細菌による感染が起こると、あごの痛み、腫れ、膿が出るなどの症状が出現します。
これまで、顎骨の感染やさまざまな薬(ビスホスホネート系薬、副腎皮質ステロイド薬など)、顎周辺への放射線治療により顎骨壊死・顎骨骨髄炎が生じたことが報告されています。特に近年は、ビスホスホネート系薬に加え、デノスマブという薬でも同様の顎骨壊死・顎骨骨髄炎を生じることが注目されています。

ビスホスホネート系薬には、注射薬と経口薬があります。

注射薬は、1悪性腫瘍(がん)の骨病変、骨転移、2悪性腫瘍による高カルシウム血症、3骨粗鬆症、などに対する治療に用いられます。
経口薬は、骨粗鬆症に対する治療に用いられています。一方、デノスマブは(皮下)注射薬で、1悪性腫瘍の骨病変と骨巨細胞腫、2骨粗鬆症、3関節リウマチに対する治療に用いられています。
ビスホスホネート系薬とデノスマブ(以下、両者を「骨吸収抑制薬」と総称)はこれらの病態に対して非常に有用ですが、投与を受けている患者さんにおいて、まれに顎骨壊死・顎骨骨髄炎を生じたとの報告があり、近年増加傾向にあります。骨吸収抑制薬による顎骨壊死・顎骨骨髄炎は、典型的には歯ぐきの部分の骨が露出します。無症状の場合もありますが、壊死・感染が悪化すると、痛み、あごの腫れ、膿が出る、歯のぐらつき、下くちびるのしびれなどの症状が出現します。

早期発見と早期対応のポイント

骨吸収抑制薬の投与を受けていて、「歯ぐきやあごが腫れてきた、痛い」、「下くちびるがしびれた感じがする」、「歯ぐきに白色あるいは灰色の硬いものが出てきた」「抜歯後の治りが良くない」、「歯がぐらついてきて、自然に抜けた」などの症状が出現した場合は、すみやかに医師、歯科医師、薬剤師に相談してください。
骨吸収抑制薬投与による顎骨壊死・顎骨骨髄炎は、単独でも生じますが、以下のような治療を受けている場合に生じやすいとされています。
1)がんに対する化学療法 2)副腎皮質ステロイド薬の使用(全身投与)3)抜歯などの外科的な歯科処置
さらに、口の中が不衛生な状態であると、顎骨壊死・顎骨骨髄炎の感染を悪化させるおそれがあります。
したがって、骨吸収抑制薬の投与を受けている患者さんは、定期的に歯科を受診し、歯ぐきの状態のチェックを受け、ブラッシング(口腔清掃)指導、歯石の除去処置、入れ歯の調整などを受けておくことが大切です。その際には、骨吸収抑制薬の投与を受けていることを歯科医師にお伝えください。
骨吸収抑制薬に関連した病変が生じる部位は、現在のところ、極めてまれな例外(外耳道骨壊死の報告があります)を除いてあごの骨に限られています。発症する頻度はまれですが、発症すると治療するのが困難な場合もあります。
お口の中には沢山の常在菌が存在し非常に感染の起こりやすい状態です。ですから治療に時間的余裕があれば、骨吸収抑制薬を始める前に保存できない、感染原因となりうる歯の抜去等行いまた骨吸収抑制薬の治療中であっても歯垢、歯石、齲蝕、不適合な被せ物、不適合な義歯等の治療により口腔衛生の改善、定期的な口腔診査を行う必要があります。
特に骨吸収抑制薬には経口薬と注射薬があり一般的には注射薬はお薬手帳での確認が難しい為、処方医師、薬剤師、歯科医師の情報の共有する事で薬剤の種類、投与量、投与期間を元に歯科治療の侵襲度、治療期間などの方針を決めることが重要だと思われます。

〈参考文献〉
厚生労働省重篤副作用疾患別対応マニュアルビスホスホネート系薬剤による顎骨壊死
厚生労働省骨吸収抑制薬による顎骨壊死、顎骨骨髄炎
骨吸収抑制薬関連顎骨壊死の病態と管理:顎骨壊死検討委員会ポジションペーパー2016
日本歯科医師会雑誌BRONJ・ARONJ・MRONJの現状と課題